Posts in Category: Shot

八丈島

俺が六十歳の夏にフォトグの水口君が八丈島で恒例のコンテストが始まるので行かないかと言うので、何か手伝う事でも有ればと行ったときのショットです。
コンテストは毎年行われかなり大きな楽しいコンテストだった。プロサーファーのエキシビションがあり、俺もこの仲間に入れて貰いシュートされた時の物で、超6フィンに燃えている時期で5’11″と5’4″の2本の6フィンを持って行った。この時の板は5’4″ 20½” 2½” Rで、とても気に入っているショットだ。
又、波の良い八丈島に行き思いっきり波乗りをやり楽しみたいと思って居る。

IMG_4079

Photo:Tomomi Mizuguchi

Photo:Tomomi Mizuguchi

テイクオフ2

このフォトは5年位前の白浜の岩切からブレイクする波を元プロサーファーの安藤恵太の奥さんのプロのフォトグラファーでもあるマリさんがシュートしてくれた物だ。
人間の心臓は1日に十万何千回も動かして生かせてくれるらしい。そのお陰で俺も長い間波乗りが出来て、心臓の打つ回数にはとても及ばないが沢山波に乗りテイクオフを繰り返して来た。これは水の中からテイクオフの瞬間をシュートされる事自体が稀でラッキーだった。この頃のマリさんは水中のショットにかなり夢中になって波がヒットする度に水の中で会った。
時の過ぎるのは早いもので、この頃はとても可愛いかったが、今では二人の子供を授かり、とても幸せそうで綺麗になっている。再び水の中からカメラを構えて欲しいと思っている。

5'7" x 19 1/4" x 2 3/16" SW 6フィン

5’7″ x 19 1/4″ x 2 3/16″ SW 6フィン

夢の様な旅

今から三十年以上前の事、カタンドアネス島のコテージのオーナーの一人の方から、1ヶ月コテージに泊まり波乗り三昧をしてみないかと誘われスポンサーの協力もありエリック荒川に5’10”と6’8”の二本をオーダーして妻の了解を取り意気盛んに出発した事を思い出す。
毎日パーフェクトな波に乗れ色々なテクニックの練習が出来ると思っていた俺の予定は外れた。自然の事なのでしかたが無いが、毎日オフショアが吹いているわけでは無くオンショアも有る。波が有ってもロータイドでは波乗りが出来ない。潮の上げて来るのを待つしか無くいらいらした時もあったが、目の前がポイントなので波が良くなれば一人で何時間でも波乗りが出来て素晴らしい思い出となっている。
ローカルの言語はタガログ語なので何を話してもほとんど判らず、食事のメニューは苦戦をした。ある日夕食に何を食べたいかと言うのでチキンと答えておいた所、海から上がってシャワーを浴びるとやたら鳥の鳴き声がうるさいので、鳥の所に行って見るとその鳥を狙って日本では見た事もない大きなトカゲが鳥をおそう所だった。大声でローカルを呼び、ローカルが大トカゲを捕まえて、その日の夕食に鳥とトカゲが出て来た。トカゲの肉の方が旨かった様な気がした事を思い出し、懐かしい。あと朝起きてドアを開けたらドアの柱に俺の腕位のニシキヘビが巻き付いていて、初めて見るヘビに腰を抜かす程ビックリしたが、そのヘビも皮を取って食事に出て来て美味しく食べた様な記憶がある。
この時代では今みたいに旅行案内の本も出て無く、行ってやっとその場所の色々な事が判る状況だった。しかし、この若い頃の経験は決して無駄では無く、とても楽しい出来事だった。

Photo:Tomomi Mizuguchi

Photo:Tomomi Mizuguchi

Photo:Tomomi Mizuguchi

Photo:Tomomi Mizuguchi

Photo:Tomomi Mizuguchi

Photo:Tomomi Mizuguchi

ライディングの写真はこちら

テイクオフ

12-16-2014_2

Photo: Tomomi Mizuguchi

テイクオフこそ波乗りの始まりで基本だ。河口やリーフでブレイクするポイントブレイクや様々な形でブレイクするビーチの不規則な波にどの様にテイクオフするか。リーフのビックウェーブ時などに波のチョイスを間違えテイクオフを失敗した時など、体がボトムに向かいその後リップがズッシリその体の上に落ちて来て、巻かれ苦しい思いを何度もした事がある。そんな失敗をしない為にもまず、海の様子を観察してセットで何発並みが来るか、その中の何発目の波が大きくて良い形なのか、良く見極める事が大事だ。良い波にテイクオフしてその波をメイクした時など、とても嬉しく、波乗り最高、と心が叫び又ポイントに向けパドルアウトする。

ボトムターンとリッピング

十六歳の夏、俺はコンパネを円形にしたスキムボードに夢中になり砂浜を走り回っている時、初めて白浜で波乗りを見た。やりたくてもサーフボードはその当時とても高価な物で、波乗りなんてやれる気も起きなかった。しかし、次の夏、友達の薦めもあり白浜に貸しボード屋が現れ、そこに手伝いとして働く事になった。鉄骨の円形のテントで、夏は寝泊まりが出来てそのテントで夏の終りまで働き夜明けから日没まで波乗り三昧で過ごした。ロングボードしか無い時代で、最低でも膝位はあり毎日が夢の様な楽しい日々を送った。ここから俺と波乗りの長い付き合いが始まった。
ロングボードの時代もボトムターンと言うテクニックはあったが、アップアンドダウンでその間直線的にウォーキングをしながらノーズに寄ったり、後ずさりしてセンターでスピードを上げテールに戻り方向を変える、といった動きが当時は主だった。ロングでもボトムターンは大事な動きだったがその二年後位から板が急に短くなり始め、レールをフェイス側に強く寝かせる事が可能になりボードのスピードが増した。その当時はシングルフィンしかなく、フェイスでターンをするとフィンがフェイスから抜けてしまうので増々ボトムターンが重要だった。なお今ではビーチブレイクは勿論、リーフブレイクではなおさらグッドなボトムターンが必要で、その波を乗り切るか、その波にキャッチされるかいなかはそのボトムターンで決まる。四十九年目に入るがボトムターンは簡単ではない。
この延長線上に行くのがリッピングとかオフザトップとも言うテクニックだろう。アップアンドダウンをしている内にスピードが増して波の上に板が飛び出してコントロールが出来なくなり、何回もトライして波のトップで素早く切り返している内に波の力を利用して返す事を覚えた。このフォトのリップはトラックが出てなくてどうかと思うが、二十五年以上は過ぎている。当時の俺ではこの様なスタイルだったんだろう。今は板の性能も良く、若い人はスタイルも良くスピードに乗った波乗りを見せている。波乗りを長年やって来たが海に入る度に新鮮に感じ楽しい。

ボトムターン Photo:Tomomi MIzuguchi

ボトムターン Photo:Tomomi MIzuguchi

リッピング Photo: Tomomi Mizuguchi

リッピング Photo: Tomomi Mizuguchi

八丈島

俺自身十代の頃から波乗りの旅が始まり、息子、啓も十歳から波乗りを始めた。このフォトは小学校最後の春休みの八丈島で、タコスポイントに向かって歩いている親子の様子だ。二十五年以上は過ぎた。
この頃はまだ歩いてポイントの正面近くまで行け、そこからピークまでパドルで行きパーフェクトなライトを楽しんだ。島に着くと決まって長登呂旅館でお世話になった。料理がとても旨く、とても親切にして貰い楽しい思い出ばかりある。この波が気に入り色々な友達とかなり足を運んでいる間にも、波のピークが変わったり、歩けた所が崖崩れをおこし歩けなくなったりして環境も少しづつ変わった様だが、相変わらず良い波は有る。
家族やグループで波乗りに行くときには素晴らしいポイントだと思う。

12-16-2014_0

Photo: Tomomi Mizuguchi

 

東の横綱と南の大関

伊豆の東海岸にライトハンドの絶対にクローズアウトをしないパーフェクトなブレイクを見せる波があり、伊豆半島の最南端には6フィート以下ならショルダーは短いが鋭く立ち上がるライトハンドの波があり、相撲の番付ではないが例えてみた。
東の横綱は南のうねりがダイレクトに入り南西のうねりよりも良い形になりとても素晴らしい姿を見せてブレイクする。20フィートプラスでもサーフ可能だ。しかしそのうねりが来た時にその波用の板を持っているサーファーが居るか判らない。南の大関は、南海上を台風になって通って来ればサーフ可能になり、干潮から満潮にかけての中間位がベストな時間だ。この大関のなみはテイクオフのタイミングがハワイのノースの波に近く感じ、秋に来る台風で練習してハワイのノースショアに出掛けた。40年前に見つけ随分楽しんでスキルを磨いたポイントである。

東の横綱 Photo:Tomomi MIzuguchi

東の横綱 Photo:Tomomi MIzuguchi

南の大関 Photo:Tomomi Mizuguchi

南の大関 Photo:Tomomi Mizuguchi

ガン

8’1″ x 19⅛” x 2⁵⁄₁₆” P

ハワイノースショアのハレイワに二軒シェーブアイスのお店があり、その1軒の人の持ち家を約十年近く冬の11月半ばから約1ヶ月間くらい借りてノースショアを楽しんだ。その場所が波乗りには最適な所で、左に歩けばレフトオーバーズ、右に行けばワイメアベイも遠くはなく、道路渡れば直ぐマリファナポイントで、その左側のポイントで使う時のためにこの板をシェープしてハワイに持って行った。
このポイントは大体フラットで、日本から発達した低気圧からのうねりで、6フィート以上から波乗りが可能になりライトハンドで素晴らしい形の波になる。又海側がブッシュの様な感じなのでシークレットみたくなり、ローカルしか判らないポイントになっている。波の立ち始めはローカルしか居ないので良い波をローカルの様にキャッチできてこの8’1″で楽しんだ。そしてここに人が少ないのはパイプラインと同じスウェルでヒットする為に少ないのではないかと思う。一度はケリー・スレーターもこのポイントに入って来てものすごい波乗りを見せた。アンディやブルース兄弟もやる時もあり、俺には特別の場所だった。
この板は借りた家に置きっぱなしで、何年目だろう。このフォトも二十年以上は過ぎている。

Photo:Tomomi Mizuguchi

Photo:Tomomi Mizuguchi

ストール

バレルの中に入る前、一瞬板の動きを止めバレルに合わせる動作の技の事をストールと呼ぶ様だ。伊豆全般にビーチブレイクでは昔ほどバレルを伴う波が少ない(昔とは何年位前の事かと言えば、二十年位前の事だ、俺の経験で)様な気がしている。このテクニックだけは誰かに教えて貰った覚えが無い様な気がする。波乗りを覚えた伊豆の海がダンパ気味で、常にバレルの波が有ったので自然にこの動作が必要なので良い悪いは別として波乗りの中の速い波やバレルの波の時はよくこの技を面白く使った。
時代に合わないのか、波が無いのか、最近はこの技をあまり見かける事がなくなったが、ストールをしてバレルから出られた時には至福の感動があった。このフォトから二十五年位は過ぎた。

Photo:Tomomi Mizuguchi

Photo:Tomomi Mizuguchi

変わりゆくポイント

70年代も終り80年の初頭の真冬の二月頃だった様に思う。当時サーフマガジンという波乗り専門の雑誌が有り、大島で波乗りをしませんかと取材の話が有り行くことにした。大島の特集を組むらしく、俺をさそったのは伊豆の下田出身というだけらしかった。
低気圧の通過を待ちながらポイントを色々チェックして、その日波の良かったポイントが波浮港だった。港の石側の先端からライトがきれいにブレイクしていて、フォトグと俺と二人で入った。ライディングも長いバレルもあり何回かはバレルをゲットしたが、大雨になり記念のフォトは無かった。残念だった、二人とも。
次の日はよい天気になったと思っている。島のベテランローカルの案内で別のポイントにローカルと一緒に波乗りをしたが、ワイドなブレイクで水中のショットが撮れないと思い、波の切れる所を捜しているうちにパーフェクトにブレイクするポイントが現れた。そのブレイクでバレルの写真を何枚か残し、とても幸運だったと思っていると、その日ローカルが言うには、このポイントで波乗りしたのは俺が初めてらしい。その後沢山のサーファーがバレルのフォトをここで残している。
再び十年後に水口君と行った時のフォトで、十年前とは波質も変わり、目の前にはテトラポットが入って別の海に来た様な気がした。又まだ出来る波なら行きたいと思って居る。

Photo:Tomomi Mizuguchi

Photo:Tomomi Mizuguchi